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高知地方裁判所 昭和53年(ワ)212号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一請求原因1の事実、同2中本件山林が公図上にその記載がないこと、同34中岡村が寺尾と原告とを同道して弁護士である被告事務所を訪れ、本件仮処分について法律相談を受けたことがあること、同5、同6中昭和四二年一二月二二日本件山林及び同地上立木について協栄産商のため所有権移転登記及び立木の保存登記がそれぞれ経由されたこと、同7、同8中昭和四三年二月六日本件仮処分申請が取り下げられたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原告が本件山林の所有権を取得し、その後、協栄産商名義で本件仮処分申請がなされたが、これが取下げられるに至つた経緯について次のとおりの事実が認められ<る。>

1 本件山林は公図に記載がなく、その所在位置範囲も明確でないなどの問題のある山林であつたが、原告がかかる山林に関りをもつに至つたのは、いわゆる山林ブローカーである岡村が本件山林を樹令四五年生の檜が多数生育する極めて価値の高い山林であるとしたうえ、これを取引物件にして利益を得ようと企て、所有者である訴外井上一磨らから買い取るため、原告にその資金的援助を求めて来たことからであつた。原告は、結局、代金七〇〇万円を支払う方法によつて、右要求に応じ、昭和四二年八月三日本件山林につき原告名義に所有権移転登記手続を経たものの、なお岡村に対し、本件山林の処分を任せて右融資の回収を図る意向であつた。そして岡村も右企図した利益を実現すべく、引き続き転売先を捜すうち、購入希望者として宮崎県の加用を知り同年九月二八日頃、同人を原告へ紹介した。ところが加用もいわゆる山林ブローカーであつて独自の購入資金はなく、本件山林売買の話を大分県在住の児玉に特ち掛けた。そこで児玉は同年一〇月九日現金六〇〇万円を用意して加用と共に原告方を訪れ、本件山林の購入希望を述べ、岡村から現地の案内を受けた後、右六〇〇万円を売買の保証金として原告へ預け、さらにその後同様の趣旨で三〇〇万円を原告へ送金して来た。ところが原告は自ら調査をするうち同年一一月頃、本件山林が公図上に記載がなく、岡村の指示した現地境界も真実と異なるのではないかとの疑念をもつに至り、このことを岡村、加用、児玉らに連絡し、本件山林売買の話は右疑義が解消されるまで中止する旨を伝えた。しかし同年一二月三日加用、児玉の両名は突然高知へ出て来て、原告及び岡村らを旅館へ呼び出し、一〇時間余にわたつて同旅館にとじ込め、原告らに対し、原告が境界不明の山林を売り付けたものであるから手付倍返しの約束に従つて一八〇〇万円を支払えと強く要求し、原告は前記九〇〇万円の預り金は本件山林売買交渉期限の延期を認める趣旨で預つたもので、手付金ではない旨抗弁したが、結局、加用らの要求を大要認めることになり、本件山林を他へ売却するなどして、その代金の中から一五〇〇万円を加用、児玉らに支払う旨返答し、併せて、岡村の連名で、同年一二月二〇日までには善処する旨の詫状を差し入れた。

2 岡村は、前記加用らに対するのとは別に協栄産商大阪営業所長をしていた寺尾に対しても本件山林売買の話を通じていたのであるが、同年一一月頃、寺尾は高知へ出て来て、所有者である原告と売買について直接交渉をもつた。この時の原告の態度は本件山林について前記のような疑念をもつていた頃でもあり、売買について消極的であつた。しかし、寺尾は岡村から本件山林の現地の案内を受け、公図に記載のない理由や、過去において立木を伐採して搬出した事例もあることなどの説明を受けるに及んで、本件山林地上の立木を伐採搬出することができさえすれば、右のような疑義は問題でなく、相当な利益も見込まれることから、協栄産商の代理人として、同年一二月五日頃原告に対し本件山林買い受けの申込みをしてきた。原告はこの頃は丁度、加用、児玉らとの問題で窮状にあつて、本件山林の処分を急いでいたことと、岡村からは本件山林が、現地に指示したとおり間違いなく存在することや、公図上に記載がないことなどの問題は、岡村が知り合いの弁護士である被告に相談したところによれば本件山林の隣接所有者らを相手に立木の伐採搬出妨害禁止の断行仮処分によつて解明できると説明を受けており、寺尾、岡村の両名が原告に対しては一切迷惑を掛けないからなどと言つて強く説得されたことなどから、協栄産商において、右断行の仮処分を得て、本件山林地上立木の伐採搬出をしたうえ、売買代金を定めて売り渡すとの約定で、右申込みを承諾した。そこで寺尾は同年一二月二〇日頃本件山林の買受人である協栄産商の代理人として、岡村は事件の紹介者であり、かつ原告と共に利害関係人として、一緒に被告事務所を訪れ、被告に対し、本件山林が公図上に疑義はあるものの、現地は前に岡村から説明のあつたとおりで、訴外谷藤立日ら隣接地所有者らは、協栄産商が同地上立木の伐採搬出をしようとすれば、故なく妨害するであろうことが、予想されることなどを強調したうえ、これら妨害を排除するための右断行仮処分の可能性などについて相談した。被告は、伐採搬出妨害禁止仮処分の一般的要件と効力、とりわけこれが認められれば本件山林地上立木の伐採搬出が可能であつて第三者から妨害されることはないこと、またこの種仮処分を得るためには原告と協栄産商間に売買契約書があるだけでは不十分であり、本件山林及び同地上立木の登記簿上の所有名義が協栄産商になつていることが必要であろうといつた説明をした。右説明を受けて後、原告と寺尾は岡村を交えて話合い、協栄産商による本件仮処分申請が不成功に終つたときは、協栄産商へ移した所有名義を原告へ返還することを条件に、本件山林及び同地上立木の所有名義を協栄産商へ移すことを合意した。原告はこうすることについて一抹の不安があつたが、前記のような窮状にあつたことや、被告の説明から受けた感じによつても本件仮処分が成功すれば、総てが自己に好都合に解決されるであろうといつた期待から、以後も、本件仮処分を成功させるため積極的に協栄産商に協力することにした。そこで寺尾は同月二一日協栄産商の代理人として、被告との間で、着手金を一五〇万円、成功報酬を一五〇〇万円と定めて、本件仮処分の申請を依頼した。しかし寺尾は着手金の準備がなく原告にその立替払を依頼したので、原告は右着手金中七五万円を直接被告に支払い被告から自己宛の領収証を受け取つた。原告は翌二二日高知地方法務局豊永出張所へ赴き、協栄産商に対し本件山林の所有権移転登記手続並びに協栄産商の代理人として協栄産商のために同地上の立木の保存登記手続を経由し、翌二三日その登記済権利証書を寺尾と一緒に被告事務所へ持参し、被告はこれを本件仮処分申請事件の依頼者である協栄産商からの疎明資料として受取つた。

3 また寺尾は右のとおり被告との間で本件仮処分申請の話を進めるのと併行して協栄産商の本社へ連絡を取り、本社から東京第一弁護士会所属弁護士の浅沼澄次に本件仮処分申請事件の依頼をし、同弁護士から被告に対し同月二一日頃仮処分申請事件を共同で処理願いたい旨の電話があつた後、本件仮処分申請書及び協栄産商の委任状などが被告に送付されて来た。かくして被告は、原告から本件山林が仲介者岡村の指示するとおり現地に存在するものである旨の陳述書を、さらに岡村、及び寺尾からも前記のとおり同人らが強調していたとおりの内容の記載のある陳述書を徴し、以上の疎明資料を整えたうえ、同年一二月二三日高知地方裁判所に対し本件仮処分申請をし、同月二五日同裁判所から保証金額一五〇〇万円とする保証決定を得た。しかし協栄産商は右保証金を最後まで準備することができず、被告はやむなく、前記浅沼弁護士から取下書の送付を受けて、翌四三年二月六日本件仮処分申請事件を取下げた。ところが、岡村と寺尾は原告に内密にして本件山林及び同地上立木の転売を図り、同年三月二一日、本件山林については、保証書によつて、協栄産商から訴外北添常十郎、同高橋米市両名に売り渡し、その旨所有権移転登記手続を経由するなど、原告に対する背信行為に出た。

二そこでまず、本件仮処分申請の際、被告は原告に対し同仮処分が不成功に終つた場合は本件山林及び同地上立木の所有名義を原告へ返還する旨約束したとの主張について検討する。

<証拠>は右主張に副うけれども、そもそも弁護士が仮処分申請事件の依頼者のために経由されている所有権に関する登記を、依頼者以外の者に移転するとか、依頼者から疎明資料として預つた登記済権利証などの重要書類を依頼者以外の者に渡すことを約束するといつたことは通常考えられないことであるところ、本件仮処分申請事件の被告への依頼者が協栄産商であつて原告でないこと、また本件山林及び同地上立木の登記済権利証を同仮処分事件の疎明資料として被告へ預けたのも協栄産商であつたことは前に認定した事実から明らかであつて、他に被告においてかかる約束をしなければならない特段の事情も認められないことに照らすと、右供述等はにわかに措信することができない。

もつとも<証拠>中には、被告は協栄産商から本件仮処分申請事件の依頼を受ける前に、原告から同様仮処分の相談を受け、種々助言したことがあること、原告と協栄産商との本件山林の売買契約が、本件仮処分を得て立木を搬出し、その代金で右売買代金が支払われる予定であることを知つていたことを認める趣旨のものがあり、これに前記のとおり、被告が事件の依頼者でない原告から着手金の半額の立替払を受け、また、<証拠>によれば本件仮処分が取下げられた後において、本件山林及び同地上立木の登記済権利証を岡村へ渡す際、依頼者である協栄産商からの委任状のほかに原告からのそれをも徴していることなどを合せ考えれば、被告は原告との関係においても、何らかの義務ないし負担を負つていたのではないかと窮えないではないけれども、前に認定のとおり、原告は本件山林につき協栄産商と売買契約を結んだうえ、原告自身の利害も加わつて、本件仮処分を成功させるため協栄産商に積極的に協力する姿勢を示していたなどの経緯が認められ、しかも、本件山林の転売の仲介を任せて来た岡村や、協栄産商の代理人であるという寺尾らが、被告事務所において被告に対し本件仮処分成功の可能性、そのために整えるべき資料のことなどについて相談を進めているなかで、原告だけが、被告の登記名義の返還約束がなければ本件山林及び同地上立木の所有名義を協栄産商へ移転することを拒否するが如き態度に出ることは不可解不合理であるといわなければならないことに照らすと、右のような原告の主張を窺わせる事実のあることから、本件山林及び同地上立木の所有名義の返還約束のあつたことまで推認するのは相当ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三次に原告は、被告の弁護士として許されない無責任かつ誤つた説明によつて損害を蒙つた旨るる主張し、原告本人の供述はこれに副うけれども、前記一、二に認定の諸事実、とりわけ原告と協栄産商間の売買契約が架空でないこと、本件仮処分の申請が被告の説得によつて初めて、開始されたものでなく、まず岡村、寺尾、原告らの間において結合を遂げたうえでなされたものであること、本件仮処分申請の目的は本件山林地上立木の伐採搬出によつて利益を得ようとしたことにあること、本件仮処分が不成功に終つたときは本件山林の所有名義を原告へ返還する約束は、原告と協栄産商間にはあつても、決して被告との間に成立したものではないこと、原告は岡村、寺尾らに協力して本件仮処分を成功させるため努力したが、寺尾、岡村からその期待を裏切られる結果に終つたことなどの事実に照らすと原告本人の右供述もにわかに採用し難く、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告の右主張中には、弁護士である被告はその職務の性質に照らして境界が明確でないなどの事情のある山林については軽々に本件仮処分の如き断行仮処分を当事者に助言すること自体が違法であるとの趣旨を含むと解されるのでこの点から更に検討する。

なる程、高度の知識、経験と良識に基づき社会正義の実現に寄与することを期待されている弁護士としては、事件によつては、依頼者あるいはこれに協力する者の希望を制して、仮処分の申請あるいは協力を中止するよう説得する必要のある場合もあると思われるけれども、その判断は第一次的には当該弁護士に任されていることであつて、一見明らかにこれが誤つていると認められるものでない限り、同弁護士のとつた措置の適否を論ずるのは許されないと解される。これを本件についてみると、本件全証拠によつても、被告が本件仮処分申請当時、岡村、寺尾らの本件山林についての説明が全くでたら目であつて、本件山林がほとんど無価値であることを知つていたとの事実を認めるには足りないし、かえつて、被告は前記のとおり、本件仮処分申請事件を東京に本社のある協栄産商から著名な弁護士をとおして依頼を受ける一方、協栄産商の代理人という寺尾、仲介者である岡村らは、本件山林について境界に不明確な点はあるものの、本件山林が現地に間違いなく存在することをその根拠について資料を示すなどして強調し、これに対し、売主である原告も右寺尾らの説明に対し格別疑義を挾むことなく、これに協力する態度に出ていたなどの事情の下において、被告としては協栄産商に対してはもとより原告に対しても本件仮処分の申請及びその協力行為を中止するよう説得すべき義務はないものといわなければならず、他に被告において弁護士としての職務に違反した事実を認めるに足りる証拠はない。

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